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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)139号 判決 1973年10月09日

原告

タマノ井酢株式会社

右代表者

播野明

右訴訟代理人

土屋勝

外一名

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

斎藤昌巳

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

<前略>

一、特許庁における手続の経緯

原告は昭和三八年六月二〇日「鮨の生地の製造法」の発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、昭和四一年二月一〇日拒絶査定を受けたので、同年四月四日審判を請求した(同年審判第二四二五号事件)。特許庁はこれに対し昭和四六年八月九日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年一一月四日原告に送達された。

二、本願発明の特許請求の範囲

酢酸含有液を吸着用粉末に吸着させ、これと相前後して砂糖及び食塩を加え、必要に応じてその他の食用有機酸類、栄養剤、賦香料、調味料等を添加して粉末鮨酢を製造し、この粉末鮨酢を米飯に攪拌混合する事を特徴とした鮨の生地の製造法。

三、審決理由の要点

本願発明の要旨は前項掲記の特許請求の範囲のとおりである。

本願発明の先願にかかる特許第四二二三五〇号(昭和三六年三月一七日出願)の発明(以下「先願発明」という。)の要旨は、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。

「乾燥無水酢酸ナトリウムに氷酢酸を混合して粉末酢酸を製造し、其の製造中又は製造後に、酸味剤、調味料、着色料、香料および香辛料、栄養剤、賦形剤等の食品又は食品添加物を一種もしくは二種以上配合混合し、酢酸を含む粉末調味料又は製剤を製造する方法」

本願発明を先願発明と対比する、本願発明は、粉末酢を製造することに続いて、この粉末酢を用いて鮨の生地を製造するものであるが、酢を鮨の生地の製造に供することは酢について最も普通の用途であり、しかも本願発明におけるその用法は粉末酢を単に「米飯に攪拌混合する」ことだけなので、粉末酢を用いて鮨の生地を製造する部分は、単なる自明事項の附加にすぎない。したがつて、このような附加がなされたからといつて、本願発明が先願発明とは別異の発明を構成するということはできない。

本願発明における「酢酸含有液」はその具体例が「九九%」の酢酸であることからみて、先願発明における「氷酢酸」つまり純度九八%以上の酢酸との間に差異はない。本願発明における「吸着用粉末」は、その具体例が「ほぼ無水の酢酸ソーダ」であることからみて、先願発明における「乾燥無水酢酸ナトリウム」(乾燥無水酢酸ソーダ)と異ならない。その他、添加物の点および製造の仕方の点においても、両発明の構成に格別の差異はない。また、目的および効果についても両発明の間に差異は見出せない。

したがつて、本願発明は先願発明と同一発明であるから、特許法第三九条第一項により特許を受けることができない。<以下略>

理由

一本件の特許庁における手続の経緯、審決理由の要点、本願発明の特許請求の範囲および構成要件が原告主張のとおりであること、先願発明の出願年月日および特許請求の範囲が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二そこで原告主張の審決を取消すべき事由の有無について判断する。

(一)  原告は、酢酸含有液を用いなければ鮨の生地の製造は不可能であるという強固な既成概念が当業者の間に存在していたと主張するが、この事実を認めるに足る証拠はない。<書証>までによれば、本願出願後公告された明細書に固形の食酢を水に溶解して使用する旨記載されたものがあることを認められるに過ぎず、これらの証拠によつて原告主張の既成概念が存在したことを認めることはできない。かえつて、証人Kの証言によれば、本願出願前粉末酢が市販されたことはないことが認められるので、原告主張の既成概念とは、従来酢がもつぱら液体状のものであつたのでこれを鮨の生地に用いていたという既成状態を指称するに過ぎないことがうかがわれる。

ところで、液体状の酢のほかに粉末状の酢が出現した以上、これを鮨の生地の製造に用いることは、特段の創意工夫を加えずとも誰でもできることであり、自明な事項であるということができる。

二つの発明の同一性を判断するに当つて、後願発明に先願発明に欠けている自明事項が付加されている場合には、重複特許を避ける趣旨から、かような自明事項は除外して両発明の同一性を検討するのが相当である。審決が本願発明を先願発明と対比するに際して粉末酢を用いて鮨の生地を製造する部分を単なる自明事項の附加にすぎないとしてこれを排除したのは相当であつて、原告が違法事由として主張する(一)の点は採用することができない。

(二)  本願発明の「吸着用粉末」と先願発明の「乾燥無水酢酸ナトリウム」が上位概念と下位概念の関係にあり、本願明細書に記載された前者の具体例が「ほぼ無水の酢酸ソーダ」であることは当事者間に争いがなく、これが「乾燥無水酢酸ナトリウム」と異ならないことは原告の明らかに争わないところである。そうだとすると、「吸着用粉末」と「乾燥無水酢酸ナトリウム」とは実質的に同一であり、しかも吸着用粉末としてほぼ無水の酢酸ソーダを使用する本願発明の実施方法を先願発明の実施方法と区別することは客観的に不可能であるから、両発明を別発明であると認めることはできない。原告は、仮に先願発明が本願発明より後に出願されたとすると、本願発明とは別発明として特許されるべきものである、と主張するが、本願明細書に前叙のような具体例の記載がある以上、選択発明の概念を用いる余地はないから、先願発明が別発明として特許されるいわれはない。したがつて、原告の違法事由の主張(二)は採用の限りではない。

(三)  前叙の本願発明の構成要件および先願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明では砂糖および食塩を添加することが必須の要件であるのに対し、先願発明ではこれが必須要件でないことが明らかである。しかし、前記特許請求の範囲によれば、先願発明は調味料、賦形剤等を一種もしくは二種以上配合することをその構成要件とするから、粉末酢酸に砂糖および食塩を添加する場合も先願発明の実施方法となるといわねばならず、この場合に本願発明を実施する方法であるか先願発明を実施する方法であるかを区別することは客観的に不可能である。そして、先願発明の方法によつて製造する粉末調味料を鮨酢として使用する場合においても、添加物の数値は自ら限定されるので、添加物の数値に限定があるか否かによつて、両発明のいずれを実施する方法であるかを区別することもできない。この点においても、両者は実質的に同一であると考えられるので、原告の違法事由の主張(三)は採用することができない。

三よつて、審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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